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温泉まんじゅうの由来

まんじゅうの歴史
温泉まんじゅう自体はふつうの蒸しまんじゅう(薄皮まんじゅう)です。そのルーツは中国の慢頭(まんとう)で、14世紀ごろ京都の禅寺の僧侶が宋に留学した際に、いっしょに来た林浄因という人が日本に帰化し、奈良で慢頭を売り出したのがはじめといわれています。これが全国に広まり、現在のまんじゅうになりました。

温泉まんじゅうの由来
温泉まんじゅうの名前の由来は二つあります。一つは温泉の蒸気でまんじゅうを蒸したからという説と、もうひとつは単に温泉で売られているからという説です。人によっては温泉の蒸気では温度が低いのでまんじゅうが蒸せないという人がいますが、炊事道具が発達していなかった昔、温泉たまごと同様に源泉のそばの高温の蒸気がでているところで、まんじゅうを蒸していたことは容易に想像がつきます。なぜなら、まんじゅうは今のように単なるお菓子というものではなく、ある時は主食ともなる、とってもポピュラーな食べ物だったからです。(熱海七湯の「風呂の湯」で実際に饅頭を蒸していたという記録があります。)
現在では、有名温泉地の温泉まんじゅうは機械で製造している関係で、温泉の蒸気はほとんど使用されていません。これが、単に温泉で売られているまんじゅうなので温泉まんじゅうと呼ばれるところだと思います。ただ実際に戸倉上山田温泉、鶴巻温泉や紀州黒潮温泉など温泉水を餡(あん)や皮を製造する時に使用している温泉まんじゅうもあります。

近代温泉まんじゅう
温泉まんじゅうで有名な温泉に草津温泉がありますが、さらに古いのが伊香保温泉です。伊香保温泉では温泉まんじゅうのことを「湯の花まんじゅう」と呼びます。これは伊香保独特のお湯の色(湯の花の色)と同じ色のおまんじゅうを作ろうとしたためです。
明治43年に団子などを製造していた勝月堂の初代、半田勝三さんが半年ほどかけて、温泉の色に似たまんじゅうを研究し、作り上げたのが現在の「湯の花まんじゅう」です。今でこそ珍しくない茶色の饅頭ですが、当時の饅頭は白や炭酸まんじゅうのように黄色っぽいものでしたから色々と苦労もされたようです。
その後、伊香保では田中屋、清芳亭、大黒屋など「湯の花まんじゅう」を製造する店が増えていきます。さらに店頭でまんじゅう製造を行うところを見せる実演販売が人気を呼び、昭和13年の上野松坂屋への出店などにより、伊香保の「湯の花まんじゅう」は全国的に有名になっていきます。
この伊香保の「湯の花まんじゅう」の大ヒットは全国の温泉に影響を与え、それまでのまんじゅうを伊香保のまんじゅうのスタイルに似せたり、新たに温泉まんじゅうの製造を始めたりしました。これが近代、温泉まんじゅうの元祖は伊香保温泉の「湯の花まんじゅう」であるといわれるところです。

伊香保温泉の石段の横にある勝月堂


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